粛宗(スクチョン)の母、朝鮮第18代王 顕宗(ヒョンジョン)の正室。
西人(ソイン)派の娘で、1651年に王世子妃として王室に入り、1659年、顕宗が王位に就くのと同時に王妃になった。
頭の回転が速く聡明だったが、気性が激しく冷酷だったため、夫の顕宗は1人も側室を持てなかったと伝えられる。
1674年、顕宗が34歳の若さで逝去すると、息子の粛宗が13歳で即位する。
当時、朝廷は党派争いの嵐が吹き荒れており、夫の顕宗が臣下たちに振り回されるのを間近で見てきた明聖王后は、幼くして王位に就いた息子を守るため、積極的に政事に関与した。
そして、福昌(ポクチャン)君、福善(ポクソン)君、福平(ポクピョン)君が王権を脅かしていると判断するや、女官との不倫事件まで捏(ねつ)造して排除する(紅袖(ホンス)の変)。
しかし、事あるごとに政事に干渉する母親の存在は粛宗にとって大きな負担で、そのうえ粛宗が寵愛するチャン・オクチョンを明聖王后が毛嫌いしたことから、二人の間の溝はどんどん深まっていく。
1683年に粛宗が奇病にかかって生死の境をさまようと、巫女を宮殿に呼んで回復を祈願。
巫女に言われるままに水攻め(みそぎ)を行い、その後遺症で死亡してしまう。
1642-1683年
1951年4月21日生まれ
「愛の群像(1999年MBC)」『英語完全征服(2003年)』をはじめ数々のドラマ、映画に出演。
2004年に女優業を休業するが「ファン・ジニ(2006年KBS)」で芸能界に返り咲く。